JES2008症例の一年後の経過報告書:
Early success doesn't guarantee clinical success

昨年のJES2008では2日間で20例の血管インターベンションを施行致しました。多くの症例の治療は予定通り上手く行きましたが、そうでなかった症例もありました。また当初は、上手くいったように思えていた症例の中には、その後症状が再発したり、追加治療が必要になったりしたものもあり、長い目で見ると必ずしも成功したと言えないものもありました。血管インターベンションは、その低侵襲性故に急性期の治療成績はとても良好ですが、長期成績は未だに確立されておらず、また多くは長期成績の点では手術治療に及ばないと言っても過言ではありません。

「胸部・心臓血管外科ライブ手術ガイドライン」では、ライブ手術を行うに当たっての様々なルールが設けられておりますが、その中にはライブ手術を施行した後の経過報告を行うというものがあります。JESでは、このガイドラインを遵守し、今年も症例報告集を作成致しました。

2008年第3回JES 症例1年後報告集(2009年8月現在)

症例1は、左浅大腿動脈の完全閉塞症例でした。世界初の薬剤溶出ステントのRCTであるZilver PTXの割付け試験症例でした。幸い、Zilver PTXのクジが引かれましたので、Zilver PTXを用いて治療致しました。ワイヤーによるCTOのクロスにも成功し、2つのZilver PTXを用いて血行再建に成功致しました。術後1年経ちました現在も、ステントの開存性は保たれており、薬剤溶出ステントの効果が見て取れる症例です。尚、この症例の対側の右下肢にも同様の閉塞病変が出現致しました。この病変に対しては今年の第4回JESでインターベンションを行う予定です。

Case report 1

症例2は、両側腎動脈の閉塞により血液透析を導入されていた患者です。2006年に腎動脈のCTOに対してステント術を施行し、透析から離脱できたばかり ではなく、6種類の降圧剤にてもコントロールがついていなかった高血圧がコントロールできるようになったいわゆる“バッチグー症例”です。その後の経過観察中に唯一の腎動脈である左腎動脈のステントに再狭窄が起こり、その治療を第3回JESで行いました。PTAにより、再狭窄部を拡張致しましたが、血管造影上も、また圧較差も消失し、良い結果が得られました。降圧剤も一時は4剤まで増えておりましたが、その後2剤へと減量できました。また、クレアチニンも2.2から1.6へと減少致しました。1年を経た現在でもクレアチニンも高血圧の管理も良好です。血管インターべンションにおける術後の経過観察とメインテナンスの重要性を示唆する症例です。

Case report 2

症例3も腎動脈ステントの症例です。左腎動脈は完全に閉塞しており、残った右腎動脈に99%の狭窄があった症例です。降圧剤を4剤内服してもコントロー ルが悪く、またクレアチニンも上昇しておりました。PTAとステントにより血行再建に成功し、術後高血圧のコントロールは改善し、クレアチニンもほぼ正常値まで低下致しました。残念ながら、術後9ヶ月目に他院で他病死されました。

Case report 2

症例4と5は腹部大動脈瘤と左内腸骨動脈瘤を合併した患者です。ExcluderとIDCコイルを用いて両方の動脈瘤の治療を行いました。術後1年を経た現在、内腸骨動脈の閉塞に伴う臀筋性跛行はありません。ステントのmigrationもありませんが、type II endoleakがあります。瘤径に変化が見られておりませんので、この type II endoleakは経過観察としております。経過良好と言ってよろしいかと思います。

Case report 4,5

症例6は、遠位弓部の嚢状動脈瘤症例です。2008年に保険適応となりましたTAGグラフトにてさっと治療致しました。1年経ちました現在もendoleakやmigrationはなく、経過は極めて良好です。

Case report 6

症例7は、胸部下行の大動脈瘤患者です。同じくTAGで治療を行いました。術後経過も極めて良好で、1年経た現在、ステントのendoleakやmigration等を認めておりません。また瘤径の縮小も見られております。

Case report 7

症例8も胸部下行大動脈であり、いわゆるIFU内の症状です。術後1年を経た現在、動脈瘤径は著明に縮小しており、endoleakやステントのmigrationも見られておりません。“バッチグー症例”と言えます。ステントグラフトはこうした胸部下行大動脈瘤に対する golden standard になったといっても過言ではありません。

Case report 8

症例9と10は、腹部大動脈瘤と右総腸骨動脈瘤を合併した症例です。左総腸骨動脈は軽度に拡張していたために、本邦初の Excluder の Bell bottom を使用し、拡張した総腸骨動脈に対応致しました。術後1年を経て endoleak は認められておりませんが、動脈瘤径はわずかに増大しております。いわゆる endotension 症例ですが、瘤径の増大はわずかであり、経過良好と言ってよろしいかと思います。Bell bottom の登場により Excluder の守備範囲が広がったことをまざまざと見せつけてくれた症例です。

Case report 9, 10

症例11は、症候性の右内頸動脈狭窄症です。病変が高い位置にあることから、内膜剥離術で行うにはハイリスクと判断し、ステント術を執り行いました。当時保険適応を得たばかりのAngioguard filterとPRECISE stentを用いて血行再建を行いましたが、術後脳梗塞もみられず、また1年経過した現在も、頸動脈エコーで再狭窄の所見はありません。

Case report 11

症例12も、同様の症候性右内頸動脈狭窄症でした。本来、頸動脈ステントあるいは内膜剥離術の目的は将来起こるかもしれない脳梗塞を予防するというものですが、本症例におきましては、構音障害の改善が見られるという“おまけ”が見られました。1年を経た現在も、再狭窄はなく、“バッチグー症例”です。

Case report 12

症例13は問題症例と言ってよろしいかと思います。約2年前に腹部大動脈瘤の破裂で慈恵医大に緊急受診し、その当日にステントグラフトにて救命した患者です。第3回JESでは、この腹部大動脈瘤とは独立した形で存在する2.3cmの脾動脈瘤のコイル塞栓術を試みましたが、腸骨ならびに腹部大動脈とともに、弓部及び胸部下行大動脈にも強い屈曲があったために、上からのアプローチでも下からのアプローチでも脾動脈瘤をキャニュレーションすることができませんでした。キャニュレーションできなかったために、治療を断念致しました。その後、腹腔鏡下による脾動脈瘤切除術の治療計画を立てましたが、80歳になられたこの患者は「もう十分長生きした」 ということで治療を躊躇しています。現在も外来で経過観察中ですが、引き続き説得に当たりたいと思います。

Case report 13

症例14と15は、腹部大動脈瘤と左総腸骨動脈瘤を合併した症例です。ZenithとIDCコイルを用いて治療を行い、初期成功が得られましたが、術後経過観察中にtype II endoleak が見られました。術後1年を経た現在 も type II endoleak は残存しており、また瘤径も徐々に増大しております。近日中に type II endoleak に対してコイル塞栓術(経腰的)を予定しております。

Case report 14,15

症例16、17は、腹部大動脈瘤に加えて、左総腸骨動脈瘤と左腎動脈高度狭窄を合併していた患者です。屈曲の強い腸骨動脈でしたが、本邦初のZenith Flexの脚を用いて対応致しました。また腎動脈の高度狭窄に対しては、腎動脈ステントを行いました。屈曲の強い腸骨動脈でしたがZenith Flexはその実力をいかんなく発揮しました。また、この症例におきましては本邦初となるwireless圧センサーを動脈瘤内に留置し、ライブで空置された動脈瘤の圧をwirelessセンサーで測定することを披露できた症例です。術後1年を経た現在、wireless センサーにおける瘤の圧は、42mmHgと低く、また瘤径も縮小してきており、極めて経過良好といえます。Wireless圧センサーの有用性が示されました。更に、術前に2剤の降圧剤を必要としておりましたが、腎動脈ステントにより、降圧剤を必要としなくなり、高血圧が治癒した症例といえます。本症例も“バッチグー症例”です。

Case report 16, 17

症例18は、閉塞性動脈硬化症症例です。右総腸骨動脈と外腸骨動脈の狭窄症例です。CTO病変ではありませんでしたので、治療時間は15分でLuminexxステントを用いて治療を行いました。術後1年を経た現在も再狭窄は見られず、ABIも正常値を維持しております。今年からfracture resistantさらに進化したE-Luminexxが登場しましたが、それはJES2009で披露いたします。

Case report 18

症例19も閉塞性動脈硬化症症例です。CTで高度の石灰化があることが分かっておりましたので、self expanding stentではなく、より拡張力のあるballoon expandable stentであるExpress stentを用いました。“Perfect is enemy of Good”の精神で腹八分目の拡張に留めました。術後1年を経過した現在も、症状の再発もなく、また画像診断上も再狭窄が認められておりません。

Case report 19

症例20は最後の症例ですが、本邦のライブ史上初で足指切断・デブリードマンを供覧した症例です。血行再建と致しましては、TPTとPTの多発性の狭窄をバルーンにて拡張し、良好な結果を得ました。この手技の直後に左第一趾の切断術をライブで供覧致しました。その後、左第一趾の切断面は治癒致しましたが、術後4ヶ月目に潰瘍が再発致しました。再狭窄を疑い血管造影を施行致しましたところ、後脛骨動脈に多発性の再狭窄がありましたので、再度バルーンにて拡張したところ、潰瘍は再び治癒致しました。再度の血管形成術を要しましたが、1年前に重症虚血肢であった脚が現在も温かく潰瘍も治癒した状態ですので、“バッチグー症例”といってよろしいかと思います。

Case report 20

以上のように20例の症例は概ね順調に経過しておりますが、中には問題症例もあります。特に血管インターべンションにおいては「初期成功=臨床的成功(長期)」ではありませんので厳重な経過観察とメインテナンスが必要であることがこの経過報告書にも見て取れます。今回行われますライブ症例ばかりではなく、こうした症例の経過報告からも皆さまに少しでも学び取っていただけるものがありましたら幸いです。

Japan Endovascular Symposium
実行委員長

大 木 隆 生